個別映画評
舟を編む

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年代 | 2013年 |
国 | 日本 |
時間 | 107分 |
監督 | 石井裕也 |
脚本 | 渡辺謙作 |
音楽 | 渡邊崇 |
出演 | 松田龍平、宮崎あおい、オダギリジョー、黒木華、渡辺美佐子、池脇千鶴、鶴見辰吾 |
「ふねをあむ」とは何ともユニークで意味深な題名だが、これは三浦しをん原作の同名ベストセラー小説の題名であり、その映画版である本作にも出てくるセリフ「辞書は言葉の海を渡る一艘の舟だ。われわれ編集者はその海を渡る舟を編むのだ」が原点だ。そしてその、15年にわたる辞書編纂の歴史がここで語られていく。
1995年。“本の町”で知られる神田神保町の出版社・玄武書房の社員、松田龍平の馬締(まじめ)は、その名の通り真面目すぎて営業には不向きな男だ。そんな彼がコトバに対するセンスを見込まれて辞書編集部へ異動するところから話は動き出す。そこには定年間近のベテラン編集者の加藤剛や、先輩社員でお調子者のオダギリジョーら個性あふれる面々がいて、見出し語24万語に及ぶ新しい辞書『大渡海』の編纂に取り組んでいたのだ。主人公の馬締もまたそんな先輩たちを通して辞書の世界の奥の深さに触れ、言葉集めから始まる辞書作りに没頭していくことになる。
映画の魅力は広がりのある空間や動きのある光景だが、ここにあるのは積み上げられた書籍の山と、その山に埋もれてページをめくりペンを動かすひとの姿のみだ。物語の前半はこんな調子でケッコウ重い。だが、馬締の下宿先の大家の孫娘、宮崎あおいの香具矢(かぐや)が大家と同居するようになると、話はにわかに活気を帯びて面白くなってくる。それは、板前修業中の香具矢を一目見た馬締が、たちまち彼女に恋をしてしまう、と云うカードがここで一枚加わるからだ。
これを見ると、辞書編纂の仕事がどんなに大変かよくわかる。何故なら“言葉”は日々動く“生き物”だからだ。たとえば、主人公たちが現在の若者言葉を収録のため街に出て、若者に混じって略語や俗語、つまり「ダサイ」だの「マジ」だの「ウザイ」だの調べる場面とか、日常ではおよそ考えもしない例えば「右」をどういう言葉で表現するかなど、シロウトにはこのあたりは眼からウロコの“コトバの世界”だ。
そんな本作が、来年3月に発表される米国アカデミー賞外国映画部門の日本代表作品に選ばれたのは、地道で根気のいる辞書編纂という、滅多に人の目に触れることのない世界を取り上げながら、それをユーモラスに、しかもハートフルに描いたところが、たぶん審査員に受けたのだろう。
(2013/11/27)